テナントを借りて開業する際に、契約内容が曖昧なまま進められることが多いのが「退去時の原状回復」です。

飲食店や美容室など、業種によって使い方が違うため、「通常損耗」の判断が難しく、居住用の物件とはルールや考え方が大きく違ってきます。

そこでこの記事では、テナント退去時の原状回復について、基本的な知識から費用相場、注意点、トラブル事例まで、わかりやすく解説していきます。

原状回復とは?テナント退去時に必要な基本知識

原状回復とは?テナント退去時に必要な基本知識

民法や国土交通省のガイドラインでは、「通常の使用による損耗は借主の負担にはならない」とされています。

しかし、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は主に居住用賃貸物件を対象としたものです。そのため、事業用テナントには適用外であり、実務では個別契約の特約が優先されるのが一般的です。

テナントの種類と原状回復の考え方

賃貸テナント物件の代表的な形態として、以下の3つが挙げられます。

店舗商品やサービスを提供するためのスペースとして貸し出されるテナント物件
(飲食店、アパレル店、美容サロン、スーパー、ドラッグストア等)
オフィス・事務所法人、従業員が執務スペースとして利用するテナント物件
倉庫商品や資材、在庫などを保管・管理するために利用されるテナント物件

国土交通省のガイドラインでは、居住用物件のクロスの耐用年数を6年とし、経年に応じて貸主・借主の負担割合を定めていますが、店舗などの事業用物件では、この基準がそのまま当てはまらないケースも多く見られます。

たとえば「店舗」タイプのテナント、特に飲食店などは、油や煙によって内装が早く劣化しやすい傾向があります。そのため、単にガイドラインに従うだけではなく、物件ごとに原状回復の範囲を明確に取り決めておくことが一般的です。

スケルトンと居抜きの原状回復の違い

スケルトンで借りた場合

スケルトンとは、内装が何もないコンクリートむき出しの状態で引き渡されるケースのことです。
この場合は、退去時に「スケルトン返し」が基本です。つまり、造作(壁・床・照明・配管など)をすべて撤去して、元通りの空っぽの状態にする必要があります。

居抜きで借りた場合

居抜きとは、前の借主が残した内装や設備をそのまま使える状態で借りるケースのことです。

この場合、「造作譲渡あり」なら設備を残したまま退去できるケースもあります。造作譲渡とは、前の借主が設置した内装や設備を次の借主または貸主に譲渡する仕組みです。金銭のやり取りが発生することも多く、事前の合意書や譲渡契約の締結が必要になります。

ただし、居抜きで借りても「スケルトン返し」を求められることもあるため、契約内容によって原状回復の範囲は大きく変わります。
「居抜き=原状回復がラク」と思い込まず、契約内容をしっかり確認することが重要です。

テナントの原状回復にかかる費用目安・内訳

テナントの原状回復にかかる費用目安と内訳

本章では、代表的な業種タイプごとの費用目安と内訳の一例をご紹介します。

※実際の金額は、施工内容や物件の所在地、選定する施工業者によって変動します。あくまで具体的な見積もりを取得する際の参考情報としてご活用ください。

業種タイプ別の費用相場

業種坪単価の目安20坪物件に換算した費用
飲食店5~10万円/坪約100~200万円
美容系サロン3~10万円/坪約60~200万円
物販店(小売店)3~8万円/坪約60~160万円

たとえば、油や薬剤を使用する環境では、壁や床の汚れ・劣化が進みやすく、全面的な改修が求められることがあります。また、美容室のように、設備として給排水や配管、特殊な造作が含まれる場合は、撤去費用が高額になるケースも少なくありません。

そして、内装が比較的シンプルな業種・店舗であっても、入居先によっては指定業者での工事が義務づけられており、結果的にコストがかさむこともあります。

よくある工事内容と費用内訳

原状回復工事では、内装の解体や設備の撤去など、共通して発生しやすい工事項目があります。

工事内容・費用内訳
  • 床・壁・天井の解体・復旧:20〜80万円
  • エアコンや照明の撤去:10〜30万円
  • ダクト・配管工事:30〜100万円
  • 廃材処理・搬出費:10〜50万円

これらの項目をもとに、退去時のコストをあらかじめ想定しておくとトラブル防止につながります。

※上記費用は、あくまで一例です。

原状回復費用を抑えるコツ

原状回復費用は、以下のように工夫次第で大きく節約できる場合があります。

テナントの原状回復費用を抑える方法
  • 複数業者から相見積もりをとる
  • スケジュールに余裕をもつ
  • 貸主と事前に交渉する
  • 中小企業向けの使える補助金を調べる

これらの工夫を意識することで、無駄な出費を防ぎ、納得のいく形で退去を迎えることができます。

テナントの原状回復で気を付けたいポイント【物件別】

施設ごとのテナント原状回復の注意点

業種ごとに原状回復の費用や工事内容は異なりますが、テナントのタイプによっても注意すべきポイントが変わってきます。主要なテナント物件ごとに、注意すべきポイントを下記に整理しました。

テナントタイプ注意点
ビル内テナント共用部(廊下・空調・トイレ)との接続部分の処理や、騒音・防火対策が求められる
商業施設内テナント原状回復の基準や手順が細かく定められているケースが多く、契約書に添付された仕様書に従う必要がある
ロードサイド店舗独立構造のため、屋外設備(看板・外壁・駐車場など)も原状回復の対象になることがある
路面店前テナントの造作残置や建物の老朽化により、原状回復の範囲がケースバイケースで変わりやすい

一見同じように見えるテナントでも、原状回復の「常識」はそれぞれ違います。あとから「そんなはずじゃなかった」とならないよう、物件ごとの特徴はしっかり押さえておきましょう。

テナントの原状回復による判例紹介

テナントの原状回復で争点となりやすいポイント(オリジナル画像生成)

ここでは、テナントの原状回復で裁判に発展した過去の事例を1つ紹介します。

本件はカフェを開業するために大規模な内装・外装工事を行った借主に対し、退去時にどこまで原状回復義務があるのかが争われた事例です。

(出典:虎ノ門カレッジ法律事務所「飲食事業において、事業用建物の賃貸借終了時に原状回復義務が問題となった裁判例 | より抜粋)

事案の概要

  • 借主(Y)は、貸主(X)から建物を借りてカフェを営業。
  • 内装では、2階床に穴を開けてらせん階段を設置。
  • 外装では、白を基調としたガラス製の装壁材を取り付けるなど、大規模な改装を実施。
  • 契約書には「スケルトンの状態に復して明け渡すこと」と明記。

退去後、Xが行った各種工事について、Yに原状回復義務に基づく費用負担があるかが争点となった。

裁判所の判断

工事項目判断理由の要点
2階サッシガラスの交換貸主負担改装による破損とは言えず、もともとの劣化の可能性が高いため
外壁タイル補修、
アルミ庇の撤去
借主負担借主の取り付けた装飾により補修が必要になったため
内装解体、
自動扉撤去、
床補修、
裏口外壁
借主負担借主による造作・改装の撤去および復旧工事であるとの判断

この判例から学べること

  • 借主が賃貸借契約の締結後に自ら行った内装・外装工事は、原則として借主負担で撤去・補修が必要。
  • 一方で、もともとの建物の劣化や損耗については、借主の責任とされない場合もある。
  • 「スケルトン返し」の特約があっても、すべての費用を負担するとは限らない。

このようなトラブルを最小化する方法は、契約時に原状回復の範囲や費用について具体的に取り決めておくことです。

また、大規模な造作や改装を行う場合は、退去時のトラブルを避けるためにも、工事内容や写真は必ず記録として残しておきましょう。後から責任の所在を明確にするうえで、非常に重要な証拠となります。

テナント原状回復のトラブル防止策となる特約文例

テナント退去時のトラブルを防ぐためには、契約時に原状回復に関する特約を明確に定めておくことが重要です。

今回は、「弁護士法人クラフトマン」が公開している、実務に役立つ特約の例文をご紹介します。

※本ページの内容は、執筆時点の法令および実務に基づいて執筆および転載しており、将来的な法改正や判例の変化には対応していない可能性があります。実際の契約書作成にあたっては、必ず専門家へご確認ください。

(出典:事業用建物賃貸借契約のサンプルと解説 – 弁護士法人クラフトマン ITに強い、特許・商標に強い法律事務所(東京・横浜)

原状回復の範囲に関する条文

「通常損耗」や「経年劣化」も含めて原状回復の対象とする条文例

本契約が終了したときは、乙は、甲から本物件の引渡を受けた時点の原状に復し(ここには通常の使用及び収益による本物件の損耗や経年変化からの原状回復を含む)、甲に本物件を明け渡すものとする。

この特約を明記することで、通常損耗や経年劣化の範囲も借主が修復義務を負うことになります。

ただし、特約で通常損耗や経年劣化の修復を借主負担とする場合でも、内容によっては公序良俗や信義則に反し、無効と判断される可能性があります。契約書の作成やチェックの際には、専門家にご相談ください。

費用請求の放棄に関する条文

退去時に設備費や立退料などを請求できないことを定めた条文

乙は、本物件の明渡しに際し、事由や名目のいかんにかかわらず、本物件及び本物件内の諸設備について、乙が支出した必要費若しくは有益費の償還請求、又は移転料、立退料等の一切を請求できない。

この条文では、借主が自費で設置したエアコン・厨房設備・照明などについて、退去時に「補償してほしい」と求めることはできないと明記されています。

また、立退きをめぐって一般的に交渉されることのある立退料や造作譲渡代金も、借主側から一切請求できない内容となっています。
仮に貸主から「設備の一部を買い取りたい」と申し出があった場合でも、契約上は借主に代金を求める権利がないため、あくまで貸主側の善意による対応にとどまります。

このような特約があると、撤去費や設置費がまるごと自己負担となるため、十分に確認しておくことが重要です。

まとめ

まとめ

原状回復は、トラブルになりやすいポイントだからこそ、契約前にしっかり確認しておくことが大切です。
業種やテナントのタイプによって負担内容が変わることも多いため、自分に合った内容で契約するようにしてください。特に、独自の特約がある場合は、「自分に不利な内容になっていないか」をしっかり確認し、必要に応じて専門家に相談するのが安心です。
お店のスタートからエンドまでを気持ちよく迎えるためにも、原状回復の条件は事前にしっかり確認しておきましょう。